「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」はなぜ50年来の大ファンをここまで傷つけたのか。こんなにも悲しい目にあわされて、僕は悔しくてやりきれない。

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2021年10月5日 note

「てめえそんなにやりたくなかったのか?」
とダニエル・クレイグに毒づきたくなる。これが初見の感想だ。

「スペクター」の宣伝時にクレイグは「ボンド役を続けるんだったら、今この目の前にあるグラスを割って、破片で手首を切った方がましだ。今はまったくやりたくない。もう十分にやり遂げたって思っているから、前に進みたい」と発言していた。そりゃけっこうだね。しかし、この発言はのちに撤回され、「ノー・タイム・トゥ・ダイ」は始動した。製作にも名を連ねている彼が「新作をやるにあたって出した条件」がこのラストだったんだと邪推すると、なんて傲慢な野郎なんだ、と腹が立って仕方がない。007=ジェームズ・ボンドはお前のものではない。

僕はいま57歳。最初のボンド映画は、親の仕事で滞在していたアメリカのドライブインシアターで観た「ゴールドフィンガー」だ。5歳だったはず。話は分からなかった。でも、アストンマーチンDB5の特殊装備に胸をときめかせていたのだけは記憶している。日本に帰国後、テレビ放送でもボンド映画を何本か見ているが、はっきり覚えているのは親戚に連れていかれた「黄金銃を持つ男」のロードショーだ。正月映画で混雑する中、小4の僕を叔母は指定席に座らせてくれた。スパイガジェットを装備し、強敵をやっつけて、美女を手にするヒーロー像は、僕の憧れとなった。
以降、すべての新作はリアルタイムに、旧作は名画座を渡り歩いた(昔は2本立て3本立てで体力さえあればいくらでも探せた)。そしてVHS、LD、DVD、Blu-ray、4KUHDと、フォーマットが変わるたびにソフトを買い増している。「ゴールドフィンガー」「サンダーボール作戦」「女王陛下の007」「私を愛したスパイ」「リビング・デイライツ」「ゴールデンアイ」…すべての映画に思い入れがあり、出来不出来はあっても嫌いな作品は1本もない。「ネバーセイ〜」も仲間に入ってる。しかし、「ノー・タイム・トゥ・ダイ」だけは別だ。残念な大愚作、であると同時に、許しがたい存在となってしまった。

僕の好きな007=ジェームズ・ボンドとはいかなる人物か。
そもそもイアン・フレミングの創出した小説の主人公は、元海軍中尉で格闘技の達人、その一方肝臓疾患、高尿酸値、高血圧にリウマチの持病持ちだ。なのに、大酒飲みのヘビースモーカーにして美食家。秘密機関MI6に所属し、殺人許可証を持つ00ナンバーの諜報員だ。英国の国益を脅かす陰謀を収束させ敵を一掃するために世界中を飛び回る。
スノッブとまではいわないが、俗物的な気取り屋で、仕事に対してはシニカルで冷酷。しかもドスケベでギャンブルも大好き。小説では人種差別的だし、男尊女卑、同性愛嫌悪があったりする。架空のスーパーヒーローだし、そういう時代の設定だから、別にいいんだけどね。
映画はこのイメージを基にショーン・コネリーが濃い目に演じることで、世界中で受け入れられた。銃、美女、車、酒、高価なアイテム、カジノといった要素が俳優のルックをまとって、回を重ねるたびにボンドのキャラクターを作り上げられていく。野獣のようなコネリー、1本だけだったのでキャラクターの定まらなかったレーゼンビー、助平コミカルなムーア、真面目すぎて退屈なダルトン、そしてバランスはいいけど薄口のブロスナン。それぞれに一長一短ありつつも、007の掟(基本設定)を守り、50年作り続けてきたのだ。僕はこの世界が何よりも好きだった。

しかし、ソ連崩壊を筆頭にした世界情勢の変化で、007が倒すべき敵が作りづらくなった。彼の活躍する場が狭められてきてしまったのだ。金や権力を持った狂人が、ばかばかしくも壮大な計画を企てて大国を翻弄する…これを解決すべくボンドは協力者とともに巻き込まれていく。映画はパターン化していき、他のアクション映画と差異がなくなってしまう。

そこで出てきたのが6代目ダニエル・クレイグだ。目つきが悪い悪役顔。金髪のボンドも初めてだ。「ボンドのイメージじゃない」。たくさんの非難を浴びながら公開された「カジノ・ロワイヤル」だったが、結果往年の007ファンは度肝を抜かれ、拍手喝采した。

「全然違うし、設定ぶっ壊しているし!…でも面白い!」
これがダニエル=ボンドの最大の賛辞だ。

ダニエル=ボンドは大きく設定を変えてきた。出自も違う。「カジノ・ロワイヤル」はそもそも組織人事的に007になったばかり、という始まりだ。以前のボンドのように、フォーマルスーツに身をまとい、汗一つかかずに危機を乗り越え、美女をベッドに連れ込む…ことはしない。逆に血まみれ汗まみれで傷だらけ、ミッションは失敗し、上司に怒られ、自らを追い詰めていく。同僚からも疎まれ、嫌いじゃないんだけどめんどくさい奴的な扱いを受けている。失った女のことを15年引きずるし、つらいことがあるとすぐに組織を辞めちゃう(でもすぐに呼び戻される)弱さも顕著に描かれる。シリーズは、回を追うごとに成長していく“人間的”なボンドの大河ドラマのようになった。これまでと異なる扱いとして、007の共通フォーマットだったガンバレル・オープニングがある。ダニエル=ボンドはこれを踏襲しなかった。2作目ラストでは唐突なおまけ、3作目ラストは満を持しての007襲名、と受け止めた。「スカイフォール」はダニエル=ボンドの集大成といっていい完成度だったため、僕は興奮し拍手したのだ。新しい007の誕生を心から祝った。「スカイフォール」はアクション映画として、ボンドの人間ドラマとしてのバランスが見事に調和した傑作といっていい。興行も世界中で大成功し、ダニエル=ボンドが最高のボンド役者として認められたのだ。「スペクター」はようやくフォーマットを揃えてくれたのが何よりもうれしかった。義兄という強敵を配し、シリーズ最大の敵組織が姿を現したのだ。このノリでシリーズが続けばいい、と思ったんだ。だから、長らく待たされた新作に興奮せずにいられるか。

すべての不幸を背負いこんでしまった「ノー・タイム・トゥー・ダイ」

なのに…だ。

新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、公開延期を繰り返された不幸は同情すべきだと思う。当初は2020年2月14日に全世界公開予定と出て、その後英国では4月3日、北米4月8日、日本4月10日に公開とされた。しかし、コロナ影響によりこの予定は11月まで延期された。その際、中国では「中止」(延期ではなく)と言われた。上海在住の僕は、へなへなと脱力したのを覚えている。10月にはさらなる延期となり、2021年4月までずれこんだ。と思ったら、ダメ押しで10月まで3度目の延期が発表され、ようやく今にたどり着いた。中国では9月に入ってからようやく公開のアナウンスがされ、10月29日に観られることになった。中国に於けるボンド映画は「カジノ・ロワイヤル」から正式に公開されている。ダニエル=ボンドは中国でも人気があるのだ。(ちなみに中国では3D版の上映がある)

約2年に渡るロスタイム。時代性がストーリーに反映される世界規模のアクション映画としては、これだけの金をかけながらも、人類存続を凌駕する敵の大計画よりも、人物のパーソナルな話になってしまったことも不幸だ。コロナ事情を鑑みた編集や構成の直しもあったんじゃないか?
映画は結果的に「ジェームズ・ボンド」一家の物語となっていた。MI6のスパイ007ではなく。これが大きくバランスを壊していた。
気になった点を列記してみる。

・ボンドに子供がいた。最低。ありえないナンセンス設定。ダニエル=ボンド映画は、スコットランドの実家、M(ジュディ・デンチ)の母性、悪魔的犯罪者の義兄、と内面を描いてきたが、まさか実の子を持ってしまうとは。マドレーヌは自身の血を呪い、暗殺者の家系であることを一生背負わなくてはいけない。だから、「最後まで父親はわからない」を押し通すのが答えだと思う。この設定ひとつで「ノー・タイム・トゥ・ダイ」は破壊された。

・土下座するボンドもありえない。娘を救うためにジェームズ・ボンドはサフィンに対し土下座をする、しかも涙目で。日系監督の“センス”ある演出のつもりか。土下座の意味さえわかっていないこの脚本に、日本人ならあえて違和感を覚えないといけない。たとえ敵を油断させる演技だった…としても、こんなボンドは見たことないし、見たくもなかった。

・ボンドがしゃべりすぎで、セリフも長い。人間らしさを醸し出すために必要な感情表現は不要だろう。ボンドは相手を説得したり、交渉したりするのではない。敵に銃を向け、撃ち殺して決め台詞を吐くのがスタイルのはずだ。ブロフェルド、サフィン、マドレーヌ相手に今回のボンドは感情丸出しで終始おしゃべりだ。

・00ナンバーはただのコードネームだ。役職名なので、人事が変われば担当者も変わる。今回の007を拝命していたノーミは、番号にこだわることで笑いをとるが、だとしたら終盤で「あなたが名乗るべき」と譲り、「うん、賛成だ」と上司が受けるのはおかしい。ボンドはこのオファーに対し、「ただの番号だから君がつけていろ」と拒んだほうが断然かっこいいだろうが。結局譲られても死んじゃったんで意味がなかったわけだが。このやりとりを入れることで、「次に誰が名乗ってもいい」とエクスキューズしている…つもりか。67年の別会社「カジノ・ロワイヤル」は敵を混乱させるために、すべての諜報員が007を名乗る設定だったのを思い出す。

・ストーリーが何よりひどい。どこかのゲームに似ているとも思ったが。敵のサフィンの目的は、ナノテクノロジーの究極破壊兵器「ヘラクレス」を作って売ることだった。兵器入手のためにスペクターを全滅させたくらいの大計画だったのに、最後は「取引相手=お客様」の到着を工場で待つ…だった。サフィン自身も、冒頭の不気味さが印象的だったのに対し、悪の首領のわりには小粒で存在感が薄いし死にざまも弱っちかった。中途半端な日本かぶれも痛々しい。ついでに、スペクターから転職してきたサイクロプスも、すぐにサフィンの側近に出世してるし、どうもその辺の組織管理がよろしくないな。

・キューバのミッションでスポット的に登場するパロマ嬢の活躍が大好評だ。でもこれ、ものの10分ほどしか出番がない。ここが好評ってことは、この部分こそが、ボンド映画に期待される「お姉ちゃん」の活躍だったってことだ。だのに、「じゃ、私はここでお別れよ」とあっさり退場。あのセクシーなドレスで、披露する大胆なアクション…結局みんなが見たいのはこれだったってのは皮肉。一瞬ドッキリするギャグもあるが、この協力者やノーミらともあっさりベッドインしなくては本来のボンドではない。そもそもダニエル=ボンドは「女たらし」側面をあまり見せなかったことは、全体を通して物足りないんだ(各作品それなりにヤッテたけど)。パロマが「新しい時代の女エージェント」を襲名するなら、それこそクライマックスで「フェリックスの仇をとる」と戦闘に参加するくらいしてもいいだろう。あるいは、ボンドを救出してくれるでもいい。

・今回の大量破壊兵器「ヘラクレス」は「人体を介して感染し、排除することができない」ものだ。コロナで世界中が苦しむ中、この設定は倫理的にどうだろう。「取引相手」の国籍を不明としているのも。兵器を購入した某国は、何に使うつもりだったんだろうか。この匂わせはイラっとする。

・「ヘラクレス」の確認、マドレーヌ母子の救出、サフィン抹殺が今回のミッションだ、とMが指示出すクライマックス。これ、変じゃないか? まずもって、ミッションのわりに装備が弱小である。戦略を考えるべきMI6の能力ならびに人材も不足していた。なぜだろうか。だって、これ、そもそも「ヘラクレス」の開発に英国が関与していたことが、バレたら大変だったからでしょう。Mは、直属の部下を潜入させて、事態を隠蔽しようとしたんじゃないの? 実戦にボンド、ノーミ、Qだけで行かせるという、恐ろしく危険なミッションとなってしまった。ミサイル飛ばすかどうかで、Mの決断が鈍るわけだ。今回の騒動はすべてMのミス、ですよ。リーダーとしてやっちゃいかん私的な動機でしょう。で、結果ボンドさんは殉職ですよ。扱いに困ってたわけじゃない、ボンドは。Mが「あいつが勝手な行動をとりまして…」とか報告書を書いているのではないか。それで最後にしれっと乾杯…する??

・そんなMのことを知ってか知らずか、終盤感染して逃げ切れなくなったボンドは死を覚悟する。これぞ007にあるまじき展開だが、「映画」の作りとしてもおかしな点がある。ポイントは「うさぎのぬいぐるみ」だ。少なくともボンドがあれを拾った以上は、娘に届けるべきだ。
感染してしまったボンドは、二度と母子に触れることができなくなったことを無線で話した。マドレーヌは「どれだけかかっても解決させる」と泣きながら叫んだ。だが、ここでボンドは既にあきらめていた。そこへミサイル着弾。吹っ飛ぶボンド。死んじゃいまいしたんで映画はおしまい。
…これは脚本的におかしい。マチルドがあそこまで固執した「ぬいぐるみ」を拾ったからには“絶対に”届けないといけない。例えばこうじゃないか? ミサイル着弾し工場は破壊するも、ボンドの死体は確認できない。悲しみに暮れたある日、マチルドの元に、ジップロックに入った「ぬいぐるみ」が届く、でしょう。「洗浄は可能だ」「NO TIME TO DIE」(死ぬにはまだ早い)とメッセージを添えて。
それがあってからの「JAMES BOND WILL RETURN」ではないだろうか。これだったら、僕は許していたと思う。

ダニエル・クレイグはそんなにこの仕事が嫌だったのだろうか。
これ以上ボンド役を続けるのが嫌で、絶対に復活できない方法を選んだのだろうか。「フォースの覚醒」のハン・ソロのように。
「俺がボンドだ。だから、俺が終わらせる」。なのでボンドを死なせた。60年近く愛され、25本の映画を作ってきた人気キャラクターを殺す、という究極の悪手。僕は傲慢この上ないと思う。007は「お約束」(呼び方はフォーマットでもスタイルでもいい)あってのシリーズだったはずなのだ。僕はそれを愛し、50年以上も夢中になってきた。それをリセットし再生させたクレイグ版は、アクション映画としての面白さ、007映画としての新たな挑戦を積み上げてくれた…にもかかわらず、最後の最後に最悪な選択をした。山田洋次と渥美清は、「男はつらいよ」の最終作で車寅次郎に結婚させたか? そんなこと、誰も欲しがらなかったよね。

今回の宣伝でダニエル・クレイグは「最後のボンドだ。さようなら」と強調する。それに対し、「これまでありがとう。見事な決着だ。本作はダニエル・ボンドの集大成だ!」なんて拍手を送る気にはなれない。
代わりに「いつから007はお前のものになったんだ?」と問う。
この先のリブートは、難度が高いだろう。

「JAMES BOND WILL RETURN」
ラストのこの文字に祈りを込めて。

※今回はIMAXGTレーザー版、通常字幕版、日本語吹替版と3回観てます。
※※「フリーバッグ」や「キリング・イヴ」フィービー・ウォーラー=ブリッジが脚本参加しているのに、どの部分だったのかが謎? まさかマネーペニーとノーミのやりとりとか、パロマちゃんのくだりだったりする?

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