馳星周「ゴールデン街コーリング」を一読すると、嫌でもあの頃に引き戻される。ものすごい引力のある小説であった。

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2021年10月31日 note

読書をしていて、こんなむず痒い気持ちになったのは、初めてかもしれない。
「ゴールデン街コーリング」(2018)は、馳星周が1985年に体験した日々を描いた「あの頃」小説だ。物語の舞台は新宿で、ゴールデン街の深夜プラス1を模したバー「マーロウ」の学生アルバイトが主人公だ。彼の日常生活は、好きな本を読みしこたま酒を飲むことで、多数の飲み仲間たちと“ふきだまっている”。

むず痒い気持ち、と記したのは、僕自身もこの年の新宿を徘徊していたからだ。しかもこの主人公と「ほぼ同じ」生き方をしていたw。
一応大学に籍はあったが、ろくに勉強もせず、小遣いを地元バー(新宿ではないけど)のバイトで稼ぎ、1日の大半を映画と読書に費やしていた。著者と違うのは映画と本のウェイトバランスで、僕は映画が主だった。なので、映画館がたくさんあった新宿は1日中いる場所でもあった。今みたいにシネコンではないから、気に入った映画は同じ日に繰り返し見ることができたし、安価で掘り出し物のある名画座も少なくなかった。ローヤルとか昭和館とか。新宿だけでなく、池袋、飯田橋、五反田、あとは中央線沿線を循環した。映画館にずっといられる…暗闇で存在を消せる…これが、生きる最大の喜びだった。
気楽な実家暮らしだったので、バイト代は全部趣味につぎ込めた。本は基本的にはミステリとSF小説だ。本格の翻訳物が多かったか。ハードボイルドや冒険小説にはまるのは、それこそ「読まずに死ねるか」の影響だ。
だから、著者と同じ時間、同じ空間にいたことになるわけだ。映画の話で言えば、作中に出てくる「マッドマックス/サンダードーム」「刑事ジョン・ブック 目撃者」「ペイルライダー」は新宿で観ている。間違いなくタイミングの、ミラノやプラザのことだ。どっちももうないんだよな。
余談だが85年の映画は記録に残る作品が多々あり、前年12月公開の3Gに加え、「美しき獲物たち」「死霊のはらわた」「ターミネーター」「ビバリーヒルズ・コップ」「ランボー/怒りの脱出」「スペースバンパイア」「乱」「フェノミナ」「眠れぬ夜のために」「デューン」「みんなあげちゃう」「ボディ・ダブル」「それから」…とまぁ硬軟織り交ぜどれもこれも見たくてしょうがなくて、とにかく忙しかったと記憶している。

で、ゴールデン街の話だ。もちろん新宿にいる以上足を踏み入れる飲み屋街だ。深夜プラス1やまえだに、先輩達に連れていかれたこともある。ただ、一見さんのハードルが高いこと、常連の顔がでかいこと、そして何よりも狭くてばっちい(特にトイレ)のが、どうしてもリピートしづらかっただよね。それは今でも同じ。ついでにいえば、21歳のセーガクなんて、あそこでは一人前には扱われなかった。本書でも主人公らは金がないのは当たり前、タダで飲ませてもらうことに違和感をもっていない。この辺のしたたかさは、僕にはなかった。先輩スジの説教を浴びても飲みたかったわけじゃないんだ。それがこの街にはまらなかった理由でもあろう。
本書は、この時代を否が応にも思い出させてくれたわけだ。それがもうたまらなくむず痒い。
このひと夏の青春物語には、著者を作家として構成していく様々な出会いや体験が描かれていく。根城としての深夜プラス1は「マーロウ」と名を変え、オーナーは斎藤顕というコメディアンになっている。主人公も坂東ではなく坂本と名乗っている。ここはフィクションだからか。その反面、船戸与一や目黒孝二、立川談志は本人として出てくる。「裂けて海峡」や「深夜特急」を持ち上げ、カッスラーをディスったりする。「サンダードーム」はイマイチで「刑事ジョン・ブック」は絶賛する。あぁ、やだやだw。
同世代の知り合いと飲み屋で駄話を延々としている…読書中はそんな感覚であった。
惜しむらくは、商業小説として必要だったのかわからない“事件”と犯人捜し。そしてちょっと上から目線なエピローグか。前者はなくても成立するハナシだ。後者は後味の残し方なんだろうが、ちょっと残念な幕切れだと感じた。
※写真はカバーと外した後の表紙。カバーと帯は好みではないが、本表紙や見返しはいいね。

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